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突然原作が小説の漫画を語り始めてみる

俺は漫画が大好きです。馬鹿みたいに買って読みます。実際馬鹿です。

同時に小説も好きです。週に1冊読むくらいに好きです。

そんなふうに、漫画も小説も好きだからこそ読めないものがあります。

それは

原作が小説の漫画。

小説も漫画も好きなんだからむしろ合体してうれしいんじゃない?

とか思われるかもしれませんがむしろ逆。個人的に最悪のものであります。

小説は与えられた情報を元に自分で人物像を組み立てるものです。

対して漫画は絵という媒体を通して人物像がほぼ固定されます。

それなのに、小説を読み自分なりのその人物像を組み上げたあと、その作品が漫画化されたものを読むとどうなるか。

俺の場合大体は

「ふざけんなーーーッ!!こんなの俺の知ってる○○じゃねぇーーーーッ!!!」

となります。

具体的には西の善き魔女とかね。俺の中で主人公はそばかすがちょっと残ってるけど美人な娘なのに、漫画だとどこに出しても恥ずかしくないような美人だったり、幼馴染ももっと服装に頓着がないイメージなのに、漫画だとやたら小奇麗ですよ!

もう見た瞬間「知らん!こんなやつは俺は知らん!!」と叫びます。危ない奴です。

ちなみに内容の違いとかはわかりません。漫画は1話くらい読んだだけでそれ以降読んでませんから。

じゃあ、先に漫画を読み、イメージが固定されたところで原作を読めば良いのかと言われればそれもアウトです。

それは漫画のイメージと小説を読み自分なりに組み立てようとしているイメージが対立して小説に集中できなくなるからです。

元から頭にあるイメージと、小説内で作られていくイメージが違うだけでなんか気持ち悪くなるんですよね。

そんなこともあってか、ライトノベルも読めないんですよ。あれって挿絵とか付いてるじゃないですか。

もう、そういう絵がついてイメージが固められるのが駄目です。

表紙だけだったら何故か「これは別だから。」とある程度割り切れるんですが、絵付きで登場人物紹介とか挿絵とか扉絵とかが駄目です。

そういう絵を見た後に小説を読むとイメージのギャップによって嫌な感じが胸に広がります。

そう、昔ですね俺の大好きな小説作家がライトノベルを書いたんですよ。

それはシリーズもので1作目はライトノベルっぽくない絵柄というか・・・ぶっちゃけるとこれでして。これだと何の違和感もなく自分でイメージを作って楽しめたのですが、

2作目はバリバリライトノベル風になってしまい、小説に全然集中できなくて頭を悩ましました。

特に、ヒロインである千反田えるがひどいんですよ。説明するためにここでちょっと2作目から彼女の描写を引用させてもらいます。

千反田える。黒く長い髪、頼りない線の細い体つきが真相のお嬢様を思わせる。(中略)ただ、全体に漂う品の良さに反して目が大きい。

となってるんですが、どうすればこれになりますか?せめて髪は黒く、長くしろよ!どうなってんだ!

と昔ずっと思ってました。忘れれば良いとか思うかもしれませんが、千反田が出てくるたびにその絵を思い出してしまうんですよ。何故か。そして悶絶すると。

そしてそれはなんと絵が全くなくなった3作目まで2作目の絵のイメージを忘れられないで引っ張ってきてしまって、

「俺はこのシリーズをもうまともに読むことができないかもしれん。2作目の罪は重いぞこの野郎。」

とか一人悪態を吐いてました。ちなみにこの病気は4作目にしてようやく治りました。

本当に良かったと思いますが、病気になってから完治までおおよそ5年。我ながらアホです。

そんなわけで絵が挿絵とかが付いてるのは読めません。

ちなみに上の作品は表紙と巻頭に付いてる絵だけだったのにこのありさまです。もし挿絵が付いていたらたぶん今ごろ

「作品は面白いのに・・・ッ絵が・・・・ッ!俺の脳を・・・ッ!」

とか言いながら死んでいるところです。




途中からライトノベルが読めない理由になってますが、何の話でしたっけ?


・・・そうそう、原作が小説の漫画の話でした。

長々と書きましたが、要するに「イメージのギャップに耐えられない」ってことですよね。

うわぁ1行で説明がついた。


そこまで言うなら読むなよ。という意見はあると思います。

しかし、読みたいんですよ。原作が好きだからこそ特に。

ファンだからこそとにかくその作品に関わるものが欲しくなるんです。

しかも、それが俺の大好きな漫画だったらそりゃ欲しくもなるんですよ。読みたくもなるんですよ。

抑えきれないんです。好奇心が。

「あの作品をどうやって漫画で表現するのか」を知りたくて知りたくてしかたがありません。

しかし、読んでしまったらもう今まで描いていたイメージで小説は読めなくなるかもしれない。

コミックを読んでもギャップで満足できないかもしれない。

だから迷うんですよね。

とりあえず、俺は自分の中で本当に大好きな小説の漫画は読まないようにしています。

春期限定苺タルト事件漫画は非常に、それはもう非情なほど気になって仕方がありませんが、ぐっとこらえてます。

ええ、米澤穂信のファンですよ。俺は。



ちなみに、原作が小説の漫画で許せるのは、小説がつまらなかったやつですよね。

別に好きじゃない小説は2度はそうそう読まないだろうし、イメージと違っていても別にかまいません。そんな小説のイメージに未練はありませんし。

むしろどう料理してくれるの楽しみくらいの勢いです。

どんなのかと具体的に言うと、ブレイブストーリーとか、ドリームバスターとかですかね。宮部みゆきばっかりか。

いや、ドリームバスターは原作も割と好きなんですが、漫画書いてる人好きだし、割とイメージ通りだし、良くわからなかった世界観がわかりやすくなったのでこれはこれでむしろ良し。

まあ小説と違う部分があったり、主人公以外の登場人物に多少は違和感ありますけど。なに、内容もう覚えてないから耐えられます。

ドリームバスターは漫画化のお手本のように丁寧にやってると思います。小説と違う部分はありますが、十分許容範囲です。俺は。

それに比べてブレイブストーリーは・・・小説、漫画、映画、共に・・・ねぇ?漫画はたまに面白いところがあったりするんですが・・・・・・・ねぇ?(なにが)




俺は不器用な人間です。

普通の人は恐らく漫画と小説のイメージのギャップはあまり気にならず、ライトノベルの絵とかもすんなり受け入れ柔軟に対応できるのでしょう。

じゃないと小説の漫画化なんて需要ありませんよね。

しかし、俺は柔軟に対応できません。自分が頭の中で描いたものにこだわりすぎなのでしょうか?

まあ、いずれにしろもう何年もこういうふうに硬いままなのですから、これから漫画化というものに対して柔軟に対応はずっとできないんだろうなって思います。

自分のイメージをずっと大事に取っておくのもきっと良いことです。想像力を鍛えることにもなります。多分。

頭が固い人間なりになんとかうまくお付き合いしていくしかないですかね。原作が小説の漫画とは。




それはともかく、最近小説が原作の漫画って増えてません?気のせい?

漫画業界もいっぱいいっぱいでとりあえず話題ができればそれで良いみたいな感じがするんですけど。

とりあえず、むやみやたらに漫画化して俺の心を揺らすのはやめていただきたいです。

2007年11月02日 | 雑記 | トラックバック:0 | コメント:0

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